あたしはずっと、自分の顔が嫌いで仕方なかった
中学生の頃に通っていたあるスポーツのスクールで選手コースに入った
そのとき身体を鍛えていた周りとは到底体力の差があった 太っていると言われて、レッスンの厳しさのストレスも相まってあたしは帰り道泣きながらコンビニで買ったパンを食べていた
あたしは摂食障害になった
痩せたいと思うと同時に顔の醜さにも目が行くようになる
あたしは醜形恐怖症になった
ずっと地獄のような日々だった
鏡ならたくさん割ってきた
摂食障害の頃に関しては、もう思い出すことすらしたくないくらいのことばかりだ
朝起きて学校に行く
ママが作ってくれた親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさのおにぎりを食べるのに、下剤を1錠飲まずには食べられなかった
どうしてもお腹が空いた時のためにママが作ってくれたお弁当は、2段になっているお弁当箱の小さい方に、トマトや茹でた野菜が入っていた
事情を察したママが「せめてこれだけでも」と作ってくれていたものだった
でも、なんどもお弁当を残した
基本的には朝から何も食べず家に直帰して、誰もいないうちに体重を測る
そこからは、下剤を飲んで震えながら残したお弁当や生野菜を食べる、もしくは何も食べない拒食の時期もあれば、下剤を大量に飲んで過食する非嘔吐過食、もしくは大量に食べて全て吐く過食嘔吐をするかの2択だった
思い出したくないのでここまでにしておく
高校生になってからだろうか
なんでも話せるかなと思い、ずっとお世話になっていた小児科の先生のところに時間外診療で話をしに行っていた
“毎朝鏡を見て、鏡に映った自分に「今日もかわいいね」と声をかけて”
先生はあたしにそう提案した 初めは嫌で仕方なかったけれど、その先生のことは好きだったから毎日続けた
同じく高校生の時、1人で海外に行った
下剤依存真っ只中で、他国でも下剤を飲んでから食事をしていた
ただ現地の水が合わず、下剤の痛みとは違う腹痛が止まらなかった
当時の彼氏にテレビ電話で泣きつくと、「その国にいるうちだけ下剤をやめたら?」と言われた
なんとも無責任な発言だとも思ったが、絶望的な腹痛ではろくに行動もできないのでその案に乗ることにした
下剤は食前に飲むタイプだったので、初めて下剤を飲まずに食事をしようとした時は手が震えた
今でも覚えているが、その食事は恩人が作ってくれた夜ご飯だった だから吐きたくもなかった
震えながらゆっくりと食べるあたしを、彼女は気にしていないかのようにその日あった話をしていた
そういえば、その旅の終わりに恩人の彼女と部屋で話した時「あなたは誰もが羨むような容姿をしているんだから」と言われた
それはあなたでしょう、ばかにしてるのか、あたしが下剤を飲んでお腹壊して泣きながら頑張って食事するのが精一杯の人間なこと知ってるのかよ、と思った
後日談だが、彼女は全て知っていたらしい
あたしの部屋を覗いた時、ゴミ箱に大量にあった下剤のゴミを見て心配してその話をしてくれたようだった
そしてあたしは、日本に帰ってきてからも下剤を飲まずに食事ができるようになった
何年もの時が経ち、今の彼氏と出会った
出会った頃、あたしは売春をしていたから食事もまともにせず、お酒と煙草で身体を痛めつけている日々だった
少しでも太って自分の価値が下がるのが怖かった
ただ、食事が大好きな彼はたくさんご飯を食べるし、あたしが太ってもかわいいと言い続けてくれた
彼はあたしに食事の楽しさを教えてくれた
一人前を決められている気がして苦手だった定食はずっと避けてくれていたけれど、どうしても連れて行きたい店があると言われ、何度も断った
それでも懲りずに誘ってくれるから、すごくお腹が空いている時に勇気を出して行ってみた
彼は2つの定食に加えて一品料理を1つ頼んだ
小さなことだけれど、一人前を決められたくないと言ったあたしに対して、こんな優しさを見せてくれるのかと泣きそうになった
おかずを交換して、余ったご飯は食べてくれた
今はあたしが行きたいと言うほどに好きな店になった
そんな彼と、週末だったので遠出をした
ご飯をたくさん食べることくらいわかっていたのに、先週なぜか過食のような行動が止まらなかった
そして遠出先で思う存分食べて、体重計にのって2人とも増えた体重を報告しあって、本当は少し落ち込んでいたけれど笑い合える人がいて良かったと心底思った
たぶんあたしはダイエットを頑張っている女の子の「痩せる」「太る」と少し感覚が違う
痩せたいと思うことはもちろんあるが、その理由は「好きな服を着たい」程度のものだ
しかし痩せたいと思っても考えるのをやめるのは、摂食時代の地獄のような生活にはもう2度と戻りたくないと思うからである
それなら太った方がマシだと思うようになった
もちろんなにより、太ってもあたしを好きでいてくれる彼の存在に救われているから
東京に帰ってきて、ママに「ずいぶん食べたね」と言われた
確かに食べすぎた自覚も、それゆえの体重もわかっていたので、バレた〜!くらいの感覚だった
ぱっと見でわかるほどかと1人になってから鏡を見た
顎を引くと二重顎になって、確かに太りすぎたなと思う
しかし鏡に映ったその顔は、久しく見ていなかった、あたしを醜形恐怖に陥らせた憎い昔の自分の顔だった
怖くなった
自分をかわいいと思えるようになって、太ってもいいだなんて言えるようになって、すごく幸せだったのに
昔に引き戻されそうな感覚に陥った
急いで洗顔をしてお風呂に浸かった お湯がすっかりぬるくなったことに気がつかないほどずっと浸かった
最大限のスキンケアをして、スクワットもした
今のあたしなら、健康に痩せることができるのだろうか
それとも起きたあたしは「何も食べない」という選択をとるのだろうか
わからないけれど、トレーニングをしてから寝よう
来週末はまた同じところに行く ひとまずそれまで炭水化物は抜こうか
摂食障害の地獄に戻るつもりはないが、醜形恐怖の地獄に戻る可能性を考えていなかった
いつのまにか鏡に話しかけずに生きられるようになったあたしが、今日は久しぶりに鏡を見て泣いてしまった
明日起きたら、また「今日もかわいいね」と言い続ける生活をしよう
大丈夫、昔のあたしとは違うから
なによりどうなっても好きでいてくれる彼氏がいる
最近は運動も覚えたし、食べるものに注意するだけだよね
たぶんだけど、絶対大丈夫
頑張れ、あたし