あたしとお前といつかのあたし

精神科のロビーで二度見される女

壊した、壊れた

なにも食べていないはずなのに吐き気がして、深夜にメイクをして露出の高い服を着て車に乗りこむ

何年も前に戻った気がした

気遣いでつけてくれていた暖房は吐き気を悪化させるけれど、あたしはなにも言えなかった

世界で1番大切な人と会う週末だけ、抗うつ剤が手放せない夜が続いて、季節は何度か死んでしまった

そんな世界なら、世界ごと壊してしまおうかと何度も考えた

心の1番深いところに触れられてしまったら息ができなくなってしまうから、好きな曲じゃなくて流行りの曲を聴くようになった

 

大切な人を壊してしまった

いや、また、壊した

寂しそうに「ハサミなんか握っちゃってさ」と笑ったあなたが笑っていないことくらいわかる

助けなきゃ、守らなきゃ、あたしのせいだ

気づいていたのになんの言葉も出なかった

あたしらしくないとか、彼女なのにとか、色んな声が聞こえる気がするのに、脳が言うことを聞かない

心の核に触れちゃいけない約束は、あっという間に破られてしまった

 

終礼中に言われた「あたしの変化に気づかない?」の一言から、ロッカーの前でそっとセーターを捲ったあなたのあの日の行動をあたしは忘れられない

泣きじゃくるあたしに色んな人が声をかけてくれたけど、誰にもなにも言わなかったことと、「そんなに泣かないでよ、あたしがやっただけ」と言ったあなたの孤独な俯き顔は、何年経ってもたまにあたしを刺すために蘇ってくる

 

眠れない日々が続いて、眠れない自分と何時間も戦ったのに結局眠れなくなって、気を紛らわすために仕事に行くあなたに声をかけていた

それまでどれだけ泣いていても、心配させないように何事もなかったような声を出しているつもりだった

「俺のこと起こしてくれなくていいから寝なよ」

昔のあたしなら言い返していた

あなたのために起きてるわけじゃない、眠れなかったあたしの気持ちがお前にわかるか、などと言っていただろうか

寝ているかわからないけど朝になっているんだよね、と言ったあなたを見てうらやましかった

そもそもあたしにはそれがデフォルトだから、少しはあたしの気持ちがわかったかな、なんて意地悪を言ってしまった気がする

でも、それでも、夜に寝て朝に起きて、きちんと仕事には行っている、社会に溶け込んで生きているあなたが今でもあたしはうらやましい

これは言えなかった 言ったらきっと、心の核に触れてしまうから

 

壊した原因を、こんなところに深く書くつもりは今のところない

ただ、何度も話し合いをするうちに毎回思うことは、あなたはさぞ幸せな人生を送ってきたのだということ

そんな幸せな人生を送ってきたあなたに、自慢の彼女だって言われて嬉しかった

自慢の娘になれなかったあたしを、大好きなあなたの自慢にしてもらえるだなんて夢にも思わなかった

 

あなたには話しきれないほど、あたしの過去は暗い

あたしが強く見えるのは、それを1人で乗り越えてくるしかなかったから

つらい時にあの男を頼るのは、あたしよりあいつの過去の方が暗いから、気持ち悪いほど的確にあたしの不快を言語化してくれるから

 

やっぱりあの日に死んでおけばよかったと思う日が多すぎて、もう思い出せないや

なにも覚えていないあたしを非情な目で見つめるあなたを見て毎回心が痛むの

忘れなきゃ生きていられないことばかりで

 

あの歌を聞くと思い出す

リリースされた当時の彼氏の家にほかの男が車で来て、彼氏が寝てることを確認しつつもスーパーに行ってくるとLINEを打って、その男の車に乗り込んでそこらへんの路上でセックスして

部屋戻る前に、気づかれないように全身に付着したアスファルトの粒を落としてゆっくり戻ったことまで、トラウマとして身体と精神が覚えている

位置情報取られてるからこのスーパーでいい、と満足したであろうその男を車に乗せて帰してから、その曲を聴きながら当時の彼氏の家まで歩いて帰っていた

家は、その道を真っ直ぐ行けば帰れたんだ

 

大好きなあなたの隣でそんなことを思い出したくないから、本当はすべて上書きしてほしいけれど、こんな酷いことをされたの?と同情みたいなセリフを吐かれるのが怖くて言えずじまいだ

たまに思い出してしまうこの感情や感覚を、なるべく思い出さないように、記憶が飛びそうな薬を選んでは口に放り込む

 

過去のことなんて思い出したところで、なに一ついいことなど、あたしの世界では常識なの

記憶飛ばさないと、生きられないから

だから最近、話し合ったり壊れていくあなたを見たりする毎日が続いて、毎朝起きたら死にたい

死にたいから抗うつ剤を朝イチで飲んだ1日が幸せなわけないけれど、その中からあたしは幸せを見つけて生きてるつもり

 

「ハッピーを探すほど寂しいことなんてないだろ」

眠る前にあなたが言ったこの言葉も、あたしには刺さってしまった

あたしが毎日してることは寂しいことなんかじゃない

あなたと生きるために、毎日してることなのよ

 

あなたを壊してしまったあたしは、とっくに壊れてる