あたしとお前といつかのあたし

精神科のロビーで二度見される女

運転手、3人分

昔の男から電話がきて、普段なら鳴っている通知を眺めて無視しているはずが、見ていたドラマを止めて電話に出る

カッコつけて話す荒っぽい話しかたが好きなのに、あたしと2人で話す時はほとんどが甘い声だ

彼に限らず、男が2人きりの時にだけ発する甘い声があたしは苦手だ

 

あたしの話を聞いても電話を切られることをわかっている彼は、自分の話をしていた

この男は豪運の持ち主で、何度あたしに切られても数え切れないアプローチを繰り返し、どこかであたしが折れている

1番長く付き合った彼氏に傷つけられボロボロになっていた時、人を頼ることもできずに部屋で1人落ち込んでいたあたしを救ったのは彼の電話だった

年単位で付き合っている彼氏がいることを知っているのに、彼が発した第一声は「結婚しよう」だった 自分の価値を見失うほどに傷ついていたから、泣いてしまった

彼は都合のいい恋人で、当ブログでも彼を恋人と表記した文章がいくつもある

『イレギュラーだから』を読んだ当時の彼氏が「身に覚えがある」と責め立ててきたことを思い出した

そもそも恋人はお前のことじゃないのに、無理やり自分の友達からあたしが密かに仲良くしていそうな人を探して「気づいてたよ」と言ってきた

あたしは彼の周りに友達としてでも好きだと思える人はいなかったし、気づいてたという強がりがもう1人恋人がいることには全く気がつかない滑稽さを助長させた

楽しかった思い出は、別れると不思議なほどに消えてしまう

気持ち悪かったことや嫌だったことだけがたまに過って気持ちが沈む

 

今でもあたしのことを好きだと言う

不思議とソウルメイトのような彼の言葉は信じたくなる日が多い

それでも最近は、彼の連絡を無視しがちで、この嫌悪感の正体がずっとわからなかった

結局は保護者ヅラしてくる瞬間が嫌いで仕方ないのだと思う

この男も、全ての元恋人も、都合のいい彼も、支えている自分に酔っているだけのことがよくあって、その度にあたしに嫌われている

それでも恋人になるという一線を越えずにあたしと長く人生を過ごすことを決めたあたりが、あたしのことが本当に好きなのだとわかっていい

終わりがある世界に自ら飛び込む愚かさより、せめて好きだと叫んだ声が届く範囲にずっといようとしているところに好感を覚える

 

涙が出て、孤独を感じた時に連絡をしたのに

その返信が遅かったから、今はお前のことが鬱陶しい

恋、吹き荒れるほどの愛

君は恋を知らない

毎晩電話を繋いで話して、君が眠くなるまで話をしている

あたしの恋人になりたいと言う君はまだ少し幼くて、夢にあたしが出てくればいいと願っていた

起きた時のいつもより冷たく見える自室の暗さを知らずにそんなことを願う君は、まだ恋を知らない

 

これが恋だったら、どれだけ楽だっただろうか

あなたがあたしにくれている感情は恋ではなくて愛だと思う

あたしがあなたに抱いている感情も同じだ

それでもあたしはあなたがあたしにだけ見せる顔にときめいている

あなたの隣は譲らない

あたしもきっと、恋を知らない

 

あなたもきっと、恋を知らない

他人のために自分を曲げるような人ではないし、あなたの恋が長続きしていたところも見たことがない

そんなあなたがあたしにくれる愛は、時に少しだけ痛い

あなたは恋を知らない

 

夢で逢えなかったから、この世界を生きて会うことに意味がある

それでも夢で逢えたら、あなたの指であたしの唇を塞いで

君の夢の中であたしはどんな風なのだろうか

 

共通点のない君とあなたは、どちらも指が美しくて、いつもあたしに見惚れられている

 

眠気がこの国を襲う

あの国がミサイルをぶちこむ前に、結婚しようよ

長い髪

エイトビートが、あたしを救っている

大好きなものが3つと大切なことが1つあるけれど、今年の2月はなにもない

生きている気がしない

ひたすらデパスをベッドサイドに出して、なんとなく口に入れながら、ロックンロールに浸っている

 

寂しくなった夜にランダムで電話できるアプリを入れて、昨日はそこで夜通し話していた人と話していた

彼はあたしを彼女にしたいと言い張り、ペアリングの話などをしていた

新宿駅で待ち合わせて、ホテル街のコンビニで「今の彼女への罪悪感が湧いてきた」と言われた

「あたしがタイプじゃなかったんでしょ」と言ったら気まずそうに頷いていた

待ち合わせた時に、想像していた人とは全然違う人が来たけれど、こんなものなのだろうと歯を食いしばって歌舞伎町まで歩いたあたしが愚かで笑えない

 

予定はなくなったものの、そこまで悲しくなかったのは翌日の今日が大好きな人と大好きな場所で大好きな人に会いに行く日だったから

彼は明確に一緒に行くとは言わなかったが、性格上来てくれると思っていた

12月はあたし側の理由で、同じ場所にいたのに話ができなかったから、この日をずっと楽しみにしていた

 

雪の中ヒールを履いて出かけたあたしが可哀想で、路上で煙草を吸っていると、男に声をかけられた

コンビニの時点で複数の友達に声をかけていたから適当にあしらうつもりが、無理やりマンションに連れて行かれた

彼は生配信をしていて、断ってしまったらインターネットの海にノリの悪い女として容姿を晒されるだけで、着いていく以外の選択肢がなかった

普段なら向かっている途中に走って逃げることができるのに、高いヒールと雪の跡でそれすらもできなかった

「ご飯作ってよ」と言うと、「かわいいから特別ね」と言われスーパーに寄った

かわいいから特別だなんて言葉は言われ慣れているのに、タイプじゃないと言われた寝不足のあたしには少しだけ沁みてしまった

移動中もずっと配信をつけていて、あたしは孤独だった

それなのに逃げることすらできない自分を、もう好きではいられなかった

 

彼の家に着くと炊飯器しか調理器具がないといい、自炊しない男の賭けの炒飯作りが始まった

その間の配信を乗っ取り、話をしていたらコメント欄の人たちは優しかった

ご飯を食べている間も配信をつけ、彼は見たいテレビがあると言い、あたしはユニットバスの中で1人代打で配信をしていた

所詮彼女持ちの男に誘われて雪の中出かけた女、配信を切ったらその男とセックスするのだろうと思われていて、寝不足のあたしにはちょうどいい自傷行為くらいに思っていた

1人の配信になると、「気をつけて」「自分を大事にして」「とにかく心配」とコメント欄の雰囲気が変わった

正気に戻った気がした

服を奪われて彼の部屋着を着させられている状況で自分を大切にしながら帰るための案を考え出した

 

彼が戻ってきて、配信を彼に譲り、少し考えて部屋に戻ると、コメント欄は「200%いける」「所詮ホテル行こうとしてた女だろ」と雰囲気が変わっていた

IDはさっきあたしを大切にしてくれた人たちとは違うリスナーだった

 

配信を切って、ベッドに入る

ナンパとはいえ、あたしと話すわけでもなく配信ばかりしていた男だ

まずはマッサージを頼むと、彼はテレビを見ながらあたしの身体を触っていた

配信を切ってもあたしのことを見てくれない男に身体を許す義理などない

偏頭痛持ちを理由にセックスできないと明確に断り、仮眠をとって帰ることにした

彼は拗ねていたけれど、自慢にならない歌舞伎町の年数はあたしのほうがずっと長いの

 

命からがら逃げ出して新宿駅に向かう

送り届けようとした彼はまた配信をつけていて、あたしの家がバレるのも嫌なので無理やり解散して、逃げるように家に帰る

 

電車に乗って座ってLINEを見たら、生き甲斐だった今日のイベント中止の連絡が大好きな人から来ていた

なんだかんだそれを連絡してきてくれた彼は、一緒に行くつもりだったのだろう

ただ、生きがいを失ったあたしは眠剤ODでもして記憶を飛ばそうとした

しかし家に帰って湯船に浸かり、眠剤を手にしようとしても、容姿を否定されたあとに半分拉致されて命からがら逃げ出したあたしは疲れていた

眠剤に手を出すままなく眠っていた

 

起きたら朝だった

晴れていた

今日のイベントが中止になった理由は荒天が理由だったのに

それでも大好きな彼に遊ぼうだなんて連絡する勇気があたしにはない 情けない女だ

 

Instagramを開くと、炊飯器で作った炒飯の写真をあげたストーリーズに5月に捨てた男から連絡が来ていた

あたしの食の好みを知っているかのような口ぶりで、元彼というよりは彼氏ヅラみたいな文章だった

そのストーリーズはあたしが半拉致されて、最悪殺されてでもした時に友達が探してくれるための万が一用のSOSであげたストーリーズだったのに、そんなことも察することなく彼が送ってきたメッセージには「たまにあたしのストーリーズを見るとおもしろい」だと

嫌気がさしてリビングに降りると、母親が「昨日はどこに行っていたの?」「どうせ言えないようなことをしていたんでしょ」と嫌味をたくさん詰め込んだ無神経な言葉ばかり浴びせられた

あたしにも悪いところがあると、レトルトのハンバーグとレトルトのハンバーグを温めて食べていたが、理由もなく涙が出てしまった

気がつかないようにしていたつもりの昨日の傷が消えていない

翌日の今日になっても言葉の暴力は2度も浴びた

彼らに傷つける意図がないことはわかっているけれど、なにも知らない彼らの無神経な発言で、気がつかないように蓋をしていた傷口が広がってしまった

 

部屋に戻ってデパスを口に入れながら、ロックンロールを浴びた

群馬県高崎市からきたあのバンド、スクールカーストの底辺から青春を歌いにきたあのバンド

あたしはこの2バンドのライブ映像を観ながらひたすら泣いて、たまにデパスを口に入れていた

 

部屋がノックされて父親が「○○って人たちから荷物が届いているよ」と声をかけてくれた

新潟県上越市からきたあのバンドだ

確かに受注のグッズを買っていたが、タイミングも相まってプレゼントとしか思えなかった

「椎木!ありがとう、椎木!」と名前を叫びながら泣いているあたしを父親は不思議そうに見ていたが、空気を読んだのか部屋のドアを閉めてリビングに戻って行った

 

Instagramを開くと、群馬県高崎市からきたあのバンドのベースボーカルがストーリーズを見てくれていて、ハートをくれていた

お礼に送ったメッセージにもハートをくれていた

ロックバンドが、バンドメンバーたちがあたしを救ってくれている

 

この話は、今日会うはずだった大好きな人に話したかった

いつも通り聞いていないふりをして、ある日その話をしてきて、驚くあたしを見て少し笑っているあなたと、今年も一緒に花火をみるの

花火よりもあなたの横顔を見つめているあたしに気づいているくせに、見つめ返さないで花火に集中しているふりをしている夏のあなたが、もう恋しいの

 

慣れないあなたの横顔に慣れてしまうのが怖い

でも慣れてしまっているあたしがいて

そんな当たり前だった毎日がただ恋しいだけなんだ

味方

愛されていることを受け入れられない人生だった

目先の男に執着して、自分を保とうと必死だった

今年はだいぶ、別れの多い1年だった

 

2月、一瞬の恋は今でも心の中で思い出として輝いている

音楽のサブスクの履歴を見ると、indigo la Endばかり聴いていた

5月、長年付き合った人を自分の人生から外した

結婚するのかもしれないとまで思っていたが、今となっては冗談じゃない

なんの後悔もないし、思い出の曲すら浮かばない

6月、片想いしていたはずの男は人違いだった

似合う曲はなかったが、夜中の電話がただただ楽しかったことは心の片隅で輝いている

8月、売れてほしいと願いずっと追いかけていたバンドからメンバーが脱退した

残ったメンバーで行ったツアーファイナルでは、武道館公演が発表された

支えたくて伸ばしている手を、仕舞わなければならないと思いながら過ごしていた

その宙に浮いてしまった手を、彼らの方から「もう大丈夫」と離れていった感覚だった

短い間だったけれど、たくさんの夜を救ってくれた

 

9月、世界で1番大好きな人が自ら退路を選んだ

死にたくなった時に、ずっと死なない理由でいてくれた人だ

あたしがその一報を知った時、隣にいてくれたのは10年来の大切な人で、2人で歩いた帰り道に、彼はひたすらあたしを笑わせようとしてくれた

なんのつもりだと思いながらも、真剣に変なことを言い続ける彼がおもしろくて、悲しいはずなのにすごく幸せだった

涙を流す隙もくれない彼はなんとなくすごい人なんだろうと思った

 

部屋に戻って昔の写真を見返した

彼の好きな人と、あたしの好きな人を見るために、2人で会いに行った日の写真が出てきた

ずっと一緒に生きてきたんだなあ、と思いながらふと気がついた

何年も前、彼の好きな人が現役の時から一緒に会いに行って、進路に困った時は話を聞いてもらって、薬漬けだったあたしが寒いと言った日はパーカーを貸してくれて、雨に濡れた日はタオルを乗せてくれて傘を差してくれて、いつだってこの人は何も言わずに隣にいてくれた

これこそが幸せだと、なぜ今まで気づかなかったのだろうか

前述の元彼氏を紹介した時も無反応だったことを今さら思い出す

 

翌日、あなたの目は腫れていた

帰り道では自分を殺してあたしを励ましてくれてたことに気づくのに1日かかってしまった

それほどの愛に気づくのに、10年以上かかってしまった

 

音楽のサブスクを見返すと、愛に気づいた10月からはMy Hair is Badばかり聴いていた

オリンピック中止のニュースすら聞こえないくらいの恋はもうじゅうぶんだ

たった1秒でも、あなたの隣で長く歳を取ることができたら、それが幸せ

 

あなたが他の誰かと結婚したら、寂しくて泣いてしまう

本当のヒーローが隣にいることにようやく気づけた今年を、なんとなく生きていてよかったと思う

フジバカマ

悪夢から目が覚めたら、好きな人の誕生日だった

 

自分だけのために料理をして1人で食べる

寝落ちしてしまってなんとなく起きた朝、やることはなかった

強いていうなら行かなくてはいけない場所は複数あるが、寒くなってきた空気に雨予報では、とても行く気になれずにいる

SNSで見つけた文章をひたすら流し見していても、今日はなかなか時間が過ぎなかった

たまたま目についた投稿は裕福な家庭と貧しい家庭、その間の家庭の話が描かれており、毎度自分をどこに当てはめて読むべきか悩む類の話だ

裕福な家庭の子供が集まる学校に通うと、さらに裕福な家庭を目の当たりにし、おそらく持ち続けるべきだったであろう自己愛を失った

ただこの自己愛の失い方は人それぞれで、進学を機に上京したり、社会という広い海で出会った友達と深い仲になる上で軋轢が生じたり、きっとそのようなことで起こっている

私たちはそれぞれ描く「一般家庭」が全く異なるのだ

よって育ちが違う上での「普通」はただの地雷であり、後天的な"価値観"よりも刷り込まれている"感覚"で、その溝は埋まらない

 

投稿の引用に『あのこは貴族』という映画作品を思い出した旨が複数記載されており、見始めることにした

見たことのある風景に吐き気がした

親戚に会うためだけの服装、メイク、声のトーンは控えめで敬語が少し混ざる、あの時だけの文法

それを見ながら出かける準備をする

 

用事が終わって冷たくなった空気を浴びながら、明日はあなたの誕生日だと思った

会うわけでもないし、特別祝うわけでもない

ちょっと思い出しただけ

 

夢の内容を書くつもりはないが、目が覚めて落ち着くと、出かける前に見た映画に影響を受けた人選だったと思う

大切な人が死んでしまったけれど、何度も刺激を与えて愛を叫んだ夢の中のあたしは、だいぶ現実のあたしと似ている

目が覚めて過呼吸の中、夢の中でそんな役をやらされた大切な人に連絡をした

いまは旅行中なので、きっと朝目覚めて驚くのだろう

なんの言い訳も用意しないまま連絡をしてしまう自分のことは、そこまで嫌いではない

 

日付が変わっていて、好きな人の誕生日だった

きっと0時に連絡してしまう自分が嫌いで過ごし方を考えていたのに、あっけなく寝落ちと悪夢で超えた0時の存在感のなさがおもしろくない

お誕生日おめでとうと送る勇気すらでないこの夜中が、いつか思い出になるといい

 

誰よりも幸せになってほしくて、誰のものにもなってほしくないあなたが、誕生日を迎えた日に一瞬でもあたしからの連絡を待っていますように

曖昧な関係の名前は

あたしにも君にも、過保護すぎる保護者がたくさんいて、さらにそれが共通している

だからあたしはこの恋心を、死ぬまで隠さなくてはいけないとわかっている

去年あなたと一緒に見た花火は、美しかった

 

いつか今日を思い出して、泣いたりとかすんのかな

(花図鑑/NELKE)

 

君と会った日の帰り道、1人になるといつもこの曲を聴く

 

あたしだけに見せる顔

あたしだけに笑いかける、ふざけた顔

あたしだけに言う、変なこと

あたしが笑うと嬉しそうにして、変なことを言い続ける君は、周りには寡黙な一匹狼だと思われているらしい

あたしだけに教えてくれる予定

あたしだけに吐く仕事の愚痴

あたしだけにくれたお土産

その意味を考えてしまう、もしかしたら君もあたしと同じ気持ちなのかと

 

テーブル越しにあたしの手を握って、あたしの目を見つめた君の目は、決意の目だった

10年以上の片想い、言葉がなくても気持ちは痛いほど伝わった

君がぎゅっと手を強く握って、あたしの手に痛みが出た頃、君はあたしにキスをした

あの目が忘れられないまま、まだ数日前の夢の中で生きている

 

目が覚めてしまったら、また片想いだから

 

「結婚しろよ」と保護者たちが君に絡んでいて、知らない人は、隣にいるあたしを妻だと思ったらしく「ここ夫婦じゃないの?」と驚いていた

保護者が否定をして、あたしは笑えなかった

君の表情は怖くて見られなかった

「そんな相手いないですよ」と会話を流した君の本心がわからない

怖くて目が見られないから

君の目をまっすぐ見つめることを怖いと思うくらいには、あたしは君のことを想っている

 

目の前で女友達がビールを片手にピザをめんどくさそうに咀嚼している

「大切なんだね」

なんだかんだ彼女があたしにそう言ったのは初めてかもしれない

 

無言でお土産を突き出してきて、受け取りながらも慌てるあたしを見て嬉しそうに去っていく

追いかけたあたしは、君が話す関係ない話でまた笑わされてしまう

 

もし君がいま素直じゃないなら、素直になってほしいと

死ぬまで素直になれないあたしが今日も独りで祈ってんだよ

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思い出したい誕生日がある

あたしの希望を全て叶えてくれた誕生日の予定は、大好きな場所に行った後に大好きなお店でご飯を食べる、いい所をつまみ食いするような日だった

 

日付が変わる時、君から連絡が来なくてあたしは誕生日なのに知らない男とセックスの予定を立てていて死にたくなった

今日の予定は大切な人が立ててくれたかけがえのないものなのに、それを素直に喜べないほどに心が孤独で泣きたくなった

2分ほどの世界にひとりぼっちになった時間、電話が鳴る

「日付が変わったことに気が付かなかったんだよ、ごめん」

君の声があたしを1人の世界からあなたのいる世界に出してくれる

「今日の夜、会いに来て欲しい 幸せにするから」

仕事をしている君があたしに会いに来れないことは不思議じゃなかったけれど、こちらもいいとこ取りの予定で夜も埋まっていた

「なにそれ、行けたらね」

素っ気なく返した自分の感情を忘れてしまったのは、きっとあたしに都合が悪いから

 

大好きな場所から大好きなお店までは当たり前のようにタクシー移動で、なんだか不思議な気分だった

だってその道は混むから、電車移動のほうが絶対に楽なのに

案の定混雑する道とタクシーの中の少し張り詰めた空気をうざったく思うようになった

君のことを考えていた

お夕飯を食べ終わったらどうにか1人になる言い訳を探そう、あたしが君に会いたかった

ドレスアップした自分を君に見られるのは恥ずかしかったけれど、着替える時間はなさそうだし、着替えたら家に帰れない自分がいる気がした

勝手にドキドキしてはディナータイムを楽しんだ

脳内は言い訳を一生懸命探していたけれど、結局思いつかなかったな

 

「1人で駅の周りを1周したいの、お散歩。そのあとも1人で帰りたいな」

論理性などない発言を誕生日だから許されたのか、今思えば察してくれたのか、あたしはドレス姿であなたのところへ向かう

 

君はあたしを見るなり、かわいいと言ってあたしを掴んで道端でキスをした

その時に恋に堕ちたんだ、あなたに

何も言わずに泣きながら歩いてあなたのところに現れたら、表情を見て全て察して両手を広げてくれる男だった

今でも両手を広げてあたしを待ってくれる男が現れるたびになにかを期待してしまうほどに でも君みたいな男は滅多にいないことを大人になって知ってしまった

抱きしめる力が強くて1人じゃないことを毎回教えてくれるから好きなの

 

本当に恋に堕ちたのは、あなたがいる街だった

あの頃に出たラブソングが流れてきて、手を繋いで、の歌詞で君を思い出したことに泣いたいつかの自分が急に頭に浮かんで

思い出したことを君に教えたかった

 

「君のいない明日なら、いらない」

当時のあたしの口癖だ

 

キスの衝撃で道端の看板の上に置いてあったじゃがりこは路上いっぱいに広がってしまった

君はそんなこと全てどうでもよくてあたしだけを見てくれていた

じゃがりこはサラダ味だったな