あたしとお前といつかのあたし

精神科のロビーで二度見される女

染み付いた防衛本能

お前が選ぶ男なんてどうせろくでもないからと、今の彼氏をあたしの周りは誰も信じていなかった

あたしにリストカットをやめさせて、ODをやめさせて、誰でもいいからと手当たり次第に男と寝ていたあたしがこの人だけにしたと伝えても、まだ疑っていた

きちんと告白されて付き合ったよと報告した時に、多くの友達が会ったこともない彼に対してごめんなさいと言っていた

それくらい、今の彼氏は、ある意味あたしが選んだ男だとは思えないほどいい人なのかもしれない

 

「あたしのことを殴らないのにあたしのことを好きになってくれる人がいるなんて知らなかった」

1人で薬と心情を記録しているLINEのトーク画面に、彼が寝ている横で打ち込んだ文章だ

 

仕事から1度帰宅した彼があたしを迎えに来てくれる時間が読めなくて、あたしは彼を待っていた

スロットを打つにも、目安の時間すら教えてくれないから、ただひたすらに寒い中煙草を吸っていた

お腹なんて空いていなかったけれど、彼が食事を摂っていないことを知っていたから心配でお夕飯を食べたいと嘘をついた

というのは建前で、ここで食べずに夜お腹が空いてしまう自分が怖かったのが本音だ

 

その日の夕食は街の食堂のような中華料理の店だった

広めのテーブルに向かい合って座った

数日前に驚いて欲しくて自分で髪を染めたけれど、すぐに色が落ちてしまって結局変わらなかった話をした

するとあなたは、そもそも俺その髪色嫌いだし、あたしが目指そうとしている髪色のかわいさも全くわかんないんだよね、と言い放った

 

あたしは咄嗟に、この距離なら殴られない、と思ってしまった

 

彼はあたしに手をあげたこともないし、あげる男の気持ちがわからないと常々言っている

それでもあたしは過去のトラウマがフラッシュバックした

目の前に置かれている炒飯を食べるのが、急に怖くなった

 

容姿を否定されて暴行を受けたトラウマは、脳と身体が連動して強く残っている

それだけでなく、なにかを選択することだってあたしには苦行だ

自分の選択が間違っていたと思った瞬間、自分を肯定する材料が全てどこかへ消え去ってしまう

 

何も知らないあなたが、今日はなに食べる?と微笑みかけてくる

明確にこれが食べたいと伝えたことは、1度もない

あたしの意見を採用したいあなたが、少し不貞腐れる

 

トラウマが消え去るにはこんなにも時間がかかるのか

もう少し待ってて、とも言えないほどに傷は深い

 

それでも、こんなにも素敵な人が、あたしを殴らずに好きだと言ってくれる日が来るなんて思いもしなかった

両想いは奇跡なのに、あたしがあなたを自信を持って好きだと言い切れることも、あなたが決してあたしに手を上げずに好きでいてくれることも、それがきちんとあたしに伝わっていることも加わって、これが奇跡なんだと思い知る

 

過去の傷が深いけれど、少しずつ克服していくつもりよ、あなたのためにも