あたしとお前といつかのあたし

精神科のロビーで二度見される女

ねがいり

恋をすると、女の子は強くなれる

最近はずっとそんなことを考えていた

 

リストカットをやめるのは案外難しいことではなかった なにも変わらないとわかっていながらも腕から血を流して、痛覚が麻痺しているから痛くなんてないけれど その傷のせいで夏でも長袖を着るしかなかったあたしが、今年の夏は堂々と長袖を着ることができた

嬉しいだなんてプラスの感情は湧かなかったけれど、いつだって着たいと思うだけでは着られなかったマイナスの感情は、1度も覚えずに生きていた

 

彼はきっと、ただ好きが強くなったから他の男とセックスをしなくなったと思っているのだろうが、あたしにとってセックスはなによりの自傷だった

好きでもない男と身体を重ねる、その数時間の傷よりも、いつか幸せになろうとしても、相手を選ばずにセックスしていた事実は消えないという、一生幸せになってはいけないと自分に呪いをかけていた

彼以外の男と会うどころか、連絡すら取らなくなった今のあたしを彼はきっと軽く見ている

でも本当は、1番の自傷をやめたの

 

そしてついに、薬物乱用をやめた

急にゼロにはできないけれど、定量を超えてオーバードーズをすることは、あなたと約束したあの日から(「句点の約束」参照) 1度もしていない

 

汚れたあたししか知らない友達からは、心配されるほどに、あたしは短期間で彼のために生活を変えることができた

久しぶりに会った友達に、見違えるほど健康になったと言われたのはあなたのおかげなのよ

 

それでもなお、精神疾患は治らない

突然襲ってくる希死念慮、過食衝動、解離、パニック発作

加えて我ながら異常だと思うほどの承認欲求も、ここまで自分を変えたからこその彼への精神的な依存も、それによる被害妄想の果ての莫大な不安による「腕を切りたい」と思ってしまう衝動も

そんな時、突然彼が怖くなる

あなたがいなくなったらあたしにはなにも残らない

 

数ヶ月前、命日を決めた

少し心は軽くなったけれど、限られた時間だから「その日2人とも休みだから会いたい」というあたしの願いに「その日は休もうかな」と返してくるあなたは、あたしには時間が限られていることを知らないのだと毎度思い知らされる

あたしが残り数ヶ月でこの世を去ると記した手紙を、「その命日まで独りで背負うのが辛くなった、死んだりしないから燃やして」と渡そうと思って持って行ったのに

彼と過ごす時間が楽しすぎて、そんな話は切り出せなかった

死のうとしていた事実に対して、彼に軽蔑されるのが怖くて仕方なくて

会えない日もずっと電話を繋いでいるこの日常を失うリスクに怯えてしまった

 

恋をした女は強くても、彼に堕ちたあたしは弱い

恋に堕ちた女は、愛されたい彼を愛している女は、こんなにも脆かったのか

何かを失うことがこれほどまでに恐ろしいことだなんて知らなかった

 

布団の中のあなたが寝返りをうつとき

あたしが大事なものをこぼれないように受け止めてあげるから

 

あなたの髪が白くなっても横に居させて