クリスマスイブ、些細なことで彼氏を責めた
厳密に言うと、結果的にされたことや置かれた状況に対してではなく、そこに至るまでの言動と行動に対して悲しくなった、というところだ
すぐに寝てしまった〈あたしを傷つけた〉彼氏の腕枕で落ち着けるはずがなかった
それでも朝起きてデートに行く用事がある
睡眠薬を飲まず、安定剤とCBDで夜を乗り切ることを決めた
時間が経てば経つほど、責める相手は変わっていく
寝ている彼氏ではなく、そんな彼氏を責めている自分への矛先は向いた
あまりにも眠れず、彼氏に声をかける
あたしを傷つけた自覚があるかと聞いたら、「ない」と言い切った
思わず傷つけられた原因を説明する
あなたにどれだけ非があるか、バカでもわかるように説明してやった
すると彼は「それなら悪かった、ごめんな」と言い放って、寝息を立てはじめる
あたしは見事、「彼氏を謝らせた女」として、また生きる価値を失ってしまった
ああ、なぜ死にたいと感じる毎日を送っていたあの頃に死んでおかなかったのだろうか
ばかみたいだ
下手に恋愛が上手くいってしまって、生きてみたくなってしまった罪は、今日も罰としてあたしに降りかかる
電気をつけて、彼の前で飲まないようにしていた抗うつ剤を取り出す
簡単に取り出せないように奥にしまっていたから、不機嫌そうに「なにしてるの?」と聞かれた
目の前で抗うつ剤を飲んでも、彼は所詮目を閉じているから気づきやしない
「誰だと思ってるんだ、お前の考えていることなんてなんでもわかるんだぞ」という彼の口癖は、2度と使わせてやらない
電気もつけたことだし、眠いことには眠いがストレスがかかりすぎたために全く眠れず苦しむだけなので、久しぶりに手紙を取り出した
その手紙たちは、過去の自分が未来の自分へと思いを綴った言葉がたくさん詰まっている
3学期の自分へ、5月の自分へ、1年後の自分へ、いつかの自分へ、、、
学生時代から1年ほど前の自分まで、たくさんの過去のあたしが、今の自分に手紙を書いてくれている
それが嬉しい日もあれば、今日みたいに別に嬉しくない日もある
ハタチになる前に書いた、ハタチの自分への手紙が出てきた
何度も読み返した、我ながら名作の部類だ
特に締めの言葉は有無を言わさず最高傑作と言える
内容なんて、何度も見たから今さら感動なんてないと思ったが、たまたま手に取ったのも何かの縁… いや、正確に言えば、どれでもよかったから、便箋を取り出した
その手紙を書いた頃のあたしは、仕事一直線でキラキラしていた
今もその栄光を引きずってしまうことがあるくらい、ここまでの人生でのキャリア面では全盛期だ
前半は仕事ができて褒められる他者からの評価と、自分自身の下す評価との大きな差に絶望している気持ちが書かれていた
とても綺麗で読みやすい字は、あまりにも美しい改行とともに3枚にわたって書き記されている
流し読み程度に、当時の自分の悩みや葛藤を聞いてあげる それに続く将来の自分への期待は、正直読み進めたくもなかったが、戻すのも面倒なので流し読みを続ける
どうせ今のあたしが読んだところで、過去の自分への嫉妬なんかに塗れて、なおさら死にたくなるだけに違いない
「理想を叶えてあげられなくてごめん」、きっとあたしは過去の自分にそう頭を下げるほかないのだろう
ネガティブな気持ちを満タンに読み進める
過去のあたしからのメッセージは、意外なものだった
“無理して笑わなくていい。自分に意味を〈無理やり〉見つけ出さないで。”
この手紙を書いた時のことを思い出す
とにかく未来の自分がどんな情緒でこれを読もうと、誤解のないように言葉選びにはすごく気をつけた覚えがある
〈無理やり〉という表現はあとから足されていた
おかげで「見つけ出すことは否定しない、しかし無理やり見つけ出す必要はない」というメッセージを、最悪の気分の時でも1度で理解ができた
どことなく、当時の自分を誇らしく思う
文章はこう続いた
“あなたの存在は今の私の光だよ。”
身体のどこかは不明瞭ながら、衝撃が走ったことは確かだった
誇らしく思えた過去の自分にとって、未来の自分は彼女の光だと言い切られてしまった
ああ、馬鹿だ
抗うつ剤を飲む前にこの手紙を読めばよかった
自分の傷を癒してくれる、時空を超えた自分という存在を忘れていた
同じ時間軸にいるだけで、所詮他人の彼氏に全てを求めたあたしも間違っていた
朝起きたら謝ろう、とも思うが、全てを話したらそれはそれでまた謝ることが増えそうな気がしている
彼と部屋に2人きりになってから、初めていいことが起こった
明確に、自分の機嫌を自分で取れた
大切なことだということをわかっていても、なかなか難しい当たり前のうちの1つだ
それを、過去の自分のおかげでできたのだ
抗うつ剤の眠気が消える前に、呼吸を整えて眠りにつこう
明日、かわいい彼女としてクリスマスデートに行けるように
そういえば、過去最高傑作の締めの言葉は
時空を超えながら支え合う、あたしという人間だけの秘密にしておこう