あたしの好きな人は仕事のある日、毎朝6:30に目を覚ます 6:45まで二度寝して7:30に家を出る
二度寝の15分をやめてあたしとのお喋りに回してくれたらいいのにだなんて思うこともあるけれど、きっと彼にとって大切な15分の余暇なのだろう
電話を繋いで寝ているあたしは、予定がなくても同じように6:30、6:45、7:30と目を覚ます
ここ最近はその影響か、寝坊が特技のあたしが毎日午前中には確実に起きて生活をしていた
その日の夜はたまにある、眠れずに6:30を迎えてしまうあたしが彼を起こす日だった
電波が悪くて電話が切れてから、彼に渡すミサンガを黙々と編んでいた
毎晩のように彼と電話しているが故に普段夜に話すことは少ない女友達と6:20まで電話を繋いでいた
睡眠薬も抗うつ剤も飲めるだけ飲んだけれど眠れないあたしは、1人で過ごした10分間は文字通り悪魔のような睡魔を横目に、謎の不安に押しつぶされていた
6:30、アラームとともに鳴ったであろうあたしの電話に彼が出る 声を聞いて安心したのか、二度寝の時間に一緒に寝てしまうほど疲れていた
出かける時刻に「行ってらっしゃい、今日も1日頑張ってね」と、いつもの台詞を絞り出したと同時に深い眠りについた
インターフォンが鳴った
システム上だんだんと音量の上がるインターフォンの最大音量で目が覚めた
不在票を溜めている背徳感から重い身体を起こして出たけれど、もう切れてしまっていた
今考えれば、宅配ボックスに入れておいてくれたかもしれない
別にもう1枚不在票が増えたところで、両親は変わらない小言を発していたかもしれない
ただ、何も考えずにあたしは玄関を開けてマンションのエントランスに行き荷物を受け取った
赤い眼鏡をかけた、少し背の高い小太りの男に小さな箱を渡された
そして「そんな格好危ないですよ」と薄手の黒いキャミソールのロングワンピース1枚のあたしに微笑んでから近づいてきた
「かわいいね」と言いながら身体であたしを玄関まで押しながら家に近づいてくる 寝起きながら精一杯した抵抗も虚しく、その人は自宅の玄関に押し入ってきた 身体を触りながら自宅の鍵を閉められる
いつもは苦痛のはずの両親が、その日に限って不在だった
そのままあたしはレイプされるも、眠い目を擦ってその後を考えた
警察には不本意ながら今年は頻繁にお世話になっている 証拠がどれだけ必要かを把握しているからコンドームを渡した
そのせいで強姦が和姦と思われてしまうことよりも、冒頭の彼じゃない人間の精液が体内に入ることの方が嫌だった
翌日は久々に家に彼が来る予定だったからなおのこと、他の男と寝た事実を掻き消せる方法を探した
射精すると慣れた手つきでズボンを履いて出て行った あたしは虚しく落ちたワンピースを着て時間差で追いかけたけれどその人はどこにもいなかった
なにかあったらじゃ遅いよなと笑って聞いていた「なにかあったらすぐに110番してください」という警察署の人の言葉を思い出す
電話代がチラついたからとりあえず110番してみた 軽く相談を聞いて欲しいくらいの気持ちで
しかし住所を伝えた数分後、またインターフォンが鳴る 2〜30人の警察官がやってきて、正直そっちの方が驚いた
提出したコンドームを見て男性の警察官が「これは本当にさっきのもの?外が乾いているように見える」と言った
信じられなかった どのような思いであたしがゴムをつけさせて抵抗せずに受け入れたのか、どのような目線が来るかと怯えながらそれをあなたに手渡したのか
これがセカンドレイプかと身に染みて感じた
そこからは現場捜査、署へ移動しての聴取、警察病院での検査、署へ移動しての聴取、マネキンを使って再現など、うろ覚えの朝がどんどん鮮明になっていく1日だった
お世辞にも苦痛じゃなかっただなんて言えないが、心を捨てて1日を乗り切った
その夜、翌日に来る何も知らない彼が「明日行かない」と連絡をしてきた
なにをされても、言われても、ずっと泣かないで過ごした1日で初めて涙を流した
きちんと事情を説明をしようと思って電話をかけてもただ不在着信の履歴が残るだけだった
泣きながら文章で説明した 彼と仲のいい父親には、その一言で今日初めて泣いたことと、事情を聞いた母親のハグを断ったのは1番初めに抱きしめられたいのは彼だからだと伝えて、父親から連絡をするかごと任せて眠りについた
人生で1番の量の抗うつ剤を飲んだ
週末の予定がなくなったあたしは、1日分の涙を全部流した それは薬が効いて眠ってしまうまで枯れることはなかった
翌日起きて父親と話していると、彼から電話がきた
「今日、最寄り駅まで迎えに来て」
遊ぶ予定だったから、予定通りと言えばそうだけど、昨日来ないって言ったじゃん、と何も信じられなくて、ただこの期待を裏切られたところで精神ならもうズタボロだからとシャワーを浴びた
部屋から出ないつもりだったけれど、好きな香りのトリートメントにヘアオイル、そして1時間かけてクマを隠す化粧をした
最寄り駅まで迎えに行くだけだし夜道だから、顔なんて見えないことはわかってるけれど、顔を合わせた時に少しでも元気そうに見えたらいいと、普段よりずっと濃いメイクをして彼を待った
使い慣れていないヘアアイロンで髪を巻いて、彼が見たことのないロングワンピースを着て、心配されないように必死だった
いつも通りのように振る舞う彼は、本当は偏頭痛が酷いのにやけに明るかった
そして「無理して笑ってるでしょ?」と何度も聞いてきた
それでも彼の前で泣きたくはなかった
大丈夫じゃないから、大丈夫なフリをするしかなかった
部屋につくと、汚いと思ってすぐにシーツを洗いに出したから、新品のシーツがベッドの上にあった 母親に渡されたけれど、面倒だという気持ちと気力もないことに加えて、彼と敷きたくてわざと残しておいたものだ 相変わらずの作り笑顔で、「1番初めにやることは〜!」と切り出したあたしに、「1番にやること?」と聞き返したあなたはあたしを強く抱きしめた
お願いだから抱きしめてほしいと言ったのはあたしのほうなのに、涙が抑えられなかった 彼の胸でずっと泣いていた 泣いても落ちないくらい化粧に時間をかけてよかったと、今でも思うほどたくさん泣いた
そして彼はあたしを抱いた
何事もなかったかのように、いつも通りに
事後、恐る恐る「汚らわしいと思わないの?」と聞いたあたしになんでだよと笑った 目を合わせるどころか顔すらも見られなかった
気づいているのかは知らないけれど、あたしはその言葉で奈落の底から掬い上げられたと言ってもいいほど救われた
2人とも寝不足だったのに朝まで起きていた
あたしが作った夜食をおいしそうに食べる彼を見て、別に寝ないくせに面倒がってお風呂は朝にすると駄々をこねる彼を見て、2人とも眠いのについセックスしちゃういつもの自分たちを見て、徐々に精神が戻っていった
電話で言われた「今日の夜は一緒に抱き合って寝ような」の通り、抱き合って寝た
あなたが設定する冷房の温度が低すぎて、寒かったけれど、あなたがいたから暖かかったし、別にこれで風邪をひいてもいいと思った
不意に目が覚める
ぼんやりとした自室のベッドの上にあなたがいた 底知れぬ安心感で涙が出た 頼り甲斐のある大きな背中を見ていつも安心するけれど、言うまでもなく今までで1番の背中だった
甘えたくなってつんつんと起こして、ぎゅってしてと言ったらあなたは眠い目を擦るわけでもなく、寝てるまま抱きしめてくれた そういう意味わかんないところ、あたしはすごく好きなの
インターフォンが鳴った
勝手に身体が震えて涙が出た
彼はあたしをきつく抱きしめた
涙はなかなか止まらなかったけれど、彼がいてくれて本当によかった
いつかあたしに振り向いてほしいと思いながら、彼を見つめる
一生そばにいるから、一生そばにいて。
今日もインターフォンが鳴った
まだ震えは止まらない