少しだけぼーっとしていた
どこにいるのか、あまりわかっていなかった
夜中の工事現場のど真ん中で煙草を吸っている気もしたし、寂れた駅の灰皿にセブンスターの火種が落ちていく様子が見えた気もした
凍てついた空気が自分を全方向から刺している気がして、身体を動かすことはできなかった
遠くのほうに光のような幻影が見える
思わず包丁が刺さって血だらけの身体を動かしてその光に向かって歩くと、ただキラキラしているだけの少女だった
「あたしといたら、サクッと死ねるよ」
光じゃなかったことに落胆していたあたしに、そのキラキラ少女が開口一番に言い放つ
どこに向かっているわけでもない足を止めた
「なんかあたし、めっちゃみんなと仲良くなりたくて楽しく生きてるのに、みんながどんどん死んでくの、まじでサクッと!もー嫌になっちゃうよね、こっちは寂しいだけだしさ でもあいつらの運命なんだなって思って切り替えるしかないって感じだよね」
少女の言葉に悲哀の情は一切感じなかった
本当にただ、初めて会ったあたしに対して世間話をしているだけなのだと思った
「別に死にたくないけど、せっかくだから友達になろうよ」
少女はお得意のキラキラした目で喜んだ その目に嘘はなかった
一方のあたしは、死にたくない、とは少し嘘をついたなと省みる
生きてるのはつらいけど死ぬほどではない、死にたいとまでは言わないけれど死んでもいい
嘘だと感じた自分をよそに、2秒後にはすべてがどうでも良くなっていた
少女は昔の自分に酷似していた
感情が一切ない
それは押し殺しているのではなく、幸せを感じ取れない代わりに不幸を感じ取らないで済むという意味で感覚を麻痺させ、実質殺している状況だ
つい最近、幸せに目が眩んで感情を得てしまったあたしには、たまに戻りたくなる過去の自分で、少しうらやましく思ってもみた
感情を取り戻したはずなのに、その瞬間の自分が幸せか否かは、なぜか全くわからなかった
どこだかわからない場所から、少女とは夜通し遊んだ
なにをしたかはわからないけれど、妙に少女の思考回路はわかりやすかった やはり、昔のあたしに似すぎていた
少女は昔の自分の化身だと仮定してたわいもない話をして過ごした
ずっと一緒にいるが、同じ自分だからこそ何も止めなかったし、踏み込んでほしくないであろう感情の部分には一切触れなかった
どのくらいの月日が経っただろうか、もしくは数時間のことだったのだろうか
瞬きをしたのか、目を覚ましたのかはわからないが、崖の上にいた 時刻はわからなかったが、少女のキラキラがこの前より眩しいほどに周りは暗かった
ここは、身を投げる人が多いことで有名な場所だという
なんだか金縛りが解けたような感覚で、少女の存在ごと新鮮で不気味だった
「あたしといたら、サクッと死ねるよ」
少女がこちらに微笑みかける 相変わらず、眩しい奴だ
ああ、こんな少女がいま本当に実在しているならば、この子と居てしまうかもしれない、と考えた自分がいた
過去の自分である彼女と、あたしはさっきまで仲良くしていたはずなのに、なにもかもわからなくなってしまっていた
「ころして」
やけに現実的なその声は、なぜかそんな崖に1人で訪れていた、あたしの親友の声だった
「一緒にいたら、サクッと死ねるだけで殺してなんかあげないよ?」
少女は恐ろしいほどに一定の笑顔を放っている
輝いている笑顔に親友は少し後ずさりした
「じゃあ、一緒にいて」
身体を刺すような痛みに近い寒さを感じながら、あたしは独りぼっちで崖に立っていた
もし彼女が死んだら、あの少女のせいだ
でもあの少女は、昔のあたしだ