望まれてこの世に生を受けた人間がいる
望まない妊娠でこの世に産み落とされてしまった人間もいる
しかしこの世の中は、平等だ
望まれて生まれてきた、恵まれた環境で育ったあたしには、生まれた時から期待の矢が深く突き刺さっている それも数えきれない本数の鋭利なものだ
生まれて来なきゃよかっただなんて、口が裂けても言えない世界で、目の前に映る人々が喜ぶような笑顔を作る癖がついた
咄嗟に大切な人を繕う嘘を思いつけるようになった
幸せの意味を考えないように、自分は幸せだと言い聞かせて生きるしかなくなった
周囲のあたしを創り上げた人間が望む理想と、自分自身の理想が異なると、上手に調合して道を開く技を覚えた
世の中は平等だ
何人も感情を有し、人間という生物の一生を人生として捉え、その生涯を終えるまで「自分」を全うする義務がある
残念なことにあたしは人間だった
周囲の期待に応えるだけの可愛らしい玩具であれば、今こうして文章を書くこともなかっただろう
いつだったか、全うすべき「自分」が壊れてしまった
いや、壊してしまった
周囲の期待なんて漠然としたもので、ちゃんと形作られているわけではないのに頑丈に仕立て上げられた型があり、あたしはその型の角を察知する度に目的地を変えていた
悲しいとか悔しいとか、そんな感情を持つことが罪だった
しかしある日、罪に付随する罰を覚悟して刃物を振り回した
思ったよりも簡単に型は崩れた
知らない男と寝て、腕を切って、精神薬に手を出し、酒に溺れ、煙草を吸った
崩れてしまったものはもう2度と元に戻らない
周囲からの視線は一変し、もうあたしに矢を刺してくる人間はいなくなった
でも遠い過去になってしまったあの頃に刺された矢が抜けない
そして大切にしてきた親が言った「お前のせいで」から続く言葉は深くあたしを傷つけた
暴力的な矢が刺さるようになった
望まれずに産み落とされてしまった人が幸せだとは決して言わない
此処に固く誓うから、恵まれた環境で育った癖にだなんて、言わないで。
そしてあたしを創り上げた全員へ
お前なんて産まなきゃよかったと、直接矢を刺してくれ
本音はそうなんでしょう
見え透いた建前で小さな矢を掠らせるくらいなら、早くあたしのことなんて殺してくれ
実存の命があっても構わない
貴方達の中からあたしを消してください
男に遊び尽くされた身体も
自ら傷つけた左腕の傷も
薬の作用による依存も
アルコールに侵された肝臓も
喫煙で汚れた肺機能も
あたしが壊した型の壁と同じで、もう2度と元には戻らないのだから