あたしとお前といつかのあたし

精神科のロビーで二度見される女

中絶という殺人

お前が俺を殺したところで、俺は絶対に死なない

成り立っていない文章が煩わしくて、だらしなく置かれた枕に手を当てる

決められた答えがない人生なのに、どうして人は正解と不正解に分けるのだろう

なんだか全てがどうでもよくなる

 

雨が降っていた

跪いて泣きながらごめんなさいを繰り返した夜を思い出す

好き同士が恋人になっただけで、世界は何も変わっていないのに、時間が経っただけでどうしてあたしは殴られていたのだろうか

状況に応じた流れでの理解はできるけれど、あの時の自分とも彼氏とも、今のあたしは乖離している

あの夜のことを少し書き残しておこう

何を言っても何をやっても暴力をやめなかった彼は、性行為に移った瞬間に手を止めた

化粧ポーチに入れて常時持ち歩いているゴムをつけて挿入させて、怒りを買わないように必死だったあたしに快楽などなかった

苦痛でしかない時間をいかに痛みなく過ごすか、だけを考える

疲れで眠りに堕ちたあたしを見計らってコンドームを外した彼は、念を押すようにいいよな?と言いながら中に出した

全てが怖くて何も答えられなかったあたしの子宮は、気づけば彼の精液に塗れていた

 

暴力を振るわれたことや、それまでのアレコレに頭を支配されすぎて、中出しされた事実を昨日まで忘れていた

もうとっくに24時間が経っていた

それからというもの、約2時間に1度の頻度で妊娠の可能性を考える

他人の死に執着はないが、自分の胎内の命を奪うとすれば、あたしは殺人犯となるのではないだろうか

あんなにも人生をどうでもよく過ごしていた昔の男が、どこかの女を中絶させたときに人を殺めたと精神を狂わせていたことを思い出す

何か縋り付くものがほしいのに、どの紐もあまりに頼りなくて、今は性行為自体が気持ち悪くて仕方ない

しかしセックスに全肯定を感じて、物足りなさをそれで埋めてきた自分の人生の過去は変わらない

何をしようとしたところで、きっと明日にでも誰か魅力的な男に声をかけられたらついていくのかもしれない

とにかく自分が穢らわしくて、もはや腕を切る気力すらない

ここまでくれば、汚さに大した差すら生まれない

 

そしてまた、ふと全てがどうでもよくなる

 

妊娠の有無に関わらず、自分の人生を変えることなどできない

できるとすれば今しかない、今変わるしかない

なんていうかよバカ

そうして変わり続けて生きてきた人生ならば、こんな女に成り下がるはずがなかったのだ

 

お前が俺を殺したところで俺は絶対に死なない。

あたしがあなたを殺したところで、あなたは絶対に死なない。

 

点と点が繋がった気がするという表現があるけれど、あれは嘘だ

見えていなかった線が見えるようになっただけである

世界はとうの昔に、大きな面の上を線が蔓延って出来上がっている

見えていなかった事実を認めるほかない

だいぶ残酷な現実世界に、今日もまた雨が降っている

雨上がりの虹よりも、太陽が差して気分が高揚する風よりも、今まで見てきたどんな星空よりも、青く染まったあたしの舌の方がずっと美しいのに